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ギャンブルとトレーディングの違い

2007年1月25日

板垣 哲史

 トレーディングとギャンブルはともに未知の未来に対してよい結果を期待している点でいくつかの共通点がある。またギャンブルに強い人がトレーディングにも有利であると信じている人も多いいのは事実である。 しかしこの両者は、根底では全く違う目的を持つものであることを心に命じなければならない。 そのことを話す前に両者の共通点から述べよう。

 実際、優れたギャンブラーには優れたトレーダーと同じ二つの特徴を持っている。
 その一つは、数字に対する記憶力が抜群に強いということである。数字から連想し、それを応用する能力に長けていることだ。
 これをわれわれは「数勘」があるという。この〔数勘〕とは、いわゆる高等数学の知識があり、それを自在に屈指できる能力があるということではなく、市場のルールやゲームに精通と同時に、過去の経験を、数字を通じて記憶し、次の一手に応用する勘を持っていることである。
 例えば、ブラックマンデーは何年何月何日何時に起き、その時市場はどう反応し大底はいくらまで行き、その後反発は何処まで行ったか。中国元の切り上げの発表は何時何分にあり、市場はどのように動いたか。
 とか、あるいはある日馬券を買った時、単勝・複勝・枠連・馬連・ワイド・馬単・3連複を、何枚買っていくら金をつぎ込んだか。というようなことが鮮明に記憶していることだ。この記憶力が後に役立つわけだ。記憶力がしっかりしていることは、共に売り買いの動機が明確であり、良い結果の場合も悪い結果の場合も後で充分検証し反省が出来るという事である。そして一流の彼らは決して友人のアドバイスのせいにしたり、運が良かった、悪かったなどとは言わない。
 もう一つの特徴は確率と傾向を良く理解し、すばやく計算できることである。今はコンピューターが発達し、これらを瞬時に形に表すことが出来るが、プレイの最中では頭の中ですばやく計算する必要がある。こうしたことを修練していき、より良い結果に到達しようと努力する能力に長けている点である。
 しかしながら以下のことが根本的に異なる。それは最終目的である。ギャンブルの最終目的とはなんであるかというと、勝利することではない。ギャンブル・ホリックになった病的な人は例外だが、ギャンブルの醍醐味は、結果が出るまでのスリリングな状況を楽しむことにあり、勝つことだけを目的にしているわけではないのである。宝くじを買う人は一億人に一人しか当たらない宝くじ券を買うのは「当たったらおまえに別荘を買ってやる」と会話を楽しむプロセスにある。また、夢を買うために、万年ビリの馬の馬券を買うこともある。
 実は、人間には常に何らかの目的に沿って行動を起こすが、その目的には二つの種類がある。一つは絶対に合格する為に勉強するぞ、というように結果に全てを託し、それを達成した喜びを味わうことにあり、結果のみに全託する行為である。まさしくトレーディングはひとつの生業となるように、結果のみを目的とする行為なのである。
 もう一つは海辺でハンモックにゆられながら、ロマン小説をゆっくりと読み、そよ風を楽しむその空間と時間を楽しみとする好意であり、これを心理学用語でコンサマトリー性の目標という。ギャンブルを好きな人々は、実はこのコンサマトリー性が目標なのである。見えない結果に対して、その結果が出るまでの心をふるわせるような快感とスリルを楽しむのが、ギャンブルに嵌まる最大の動機であり、そのプロセスを友人と楽しむこともあるわけだ。
 もちろんトレーディングをギャンブルとしてやることも可能である。しかし動機と目的が異なれば、おのずから結果は見えてしまうものだ。相場に向かう時の心構えは良い結果を生むという強い意志を持つことが最も大切なのである。
 恋愛の心理は、実はこの二つの目的を同時に保持しているまれなケースともいえよう。
 プロセスを楽しみながら、結果も成就したいという欲張りな願望である。人間の生き様は、常にこの両方を求めているのだが、この両方の目的を同時に達成することは、殆ど不可能なことであり、証拠金取引をするに当たっては、自分の目的を明確に意識することが、成功への近道であることを忘れてはならない。
 

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2007年01月25日 10:31に投稿されたエントリーのページです。

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