05月01日
立正大学経済学部 教授 林 康史
『ジム・ロジャーズ 中国の時代』の再校ゲラの校正中である。作業は、ほぼ大詰めである。
複利の投資利回りを計算する際に用いられる簡便法に、「法則72(72のルール)」というのがある。最近は知っている人も多いが、72を年間の利回り(パーセントで表わされた数字)で割れば、資金が2倍になるまでのおおよその年数がわかるというものだ。例えば、毎年六パーセントの利回りを生むものに投資して資金が2倍になるまで、ほぼ12年間(=72÷6)かかると計算できる。
この72という数字は、何もマジック・ナンバー(不思議な数)だというわけではなく、単に近似値を求めるのに都合がよいというだけの話だが、いろいろなところで使える。
マンキューの教科書には、「70のルール」として紹介されている。米国の経済学者の本には、コラムという形で載せられているわけで、彼我の差を感じさせられる。
それはさておき、私がこの法則をいつ知ったのかは記憶が定かではないが、1990年代の後半、大連の大学に客員教授として招かれたころに、中国の国内総生産(GDP)が日本を追い抜くのはいつのことだろうかと気になって暗算してみて驚愕したことを覚えている。当時、中国のGDPは日本の4分の1程度だったが、9パーセント程度で成長していた。その成長率が安定的に続き、その間、日本の成長がほぼゼロだと仮定すると、中国のGDPが2倍になるのに8年かかり、その8年後には4倍になる。つまり、その間、日本がゼロ成長であれば、中国は16年で日本に追いつくという計算になる。そんな話を友人の経済学者に話すと、いくらなんでも、そんなに早く日本に追いつくのは無理だろう、という応えだった。
日本が仮に3パーセントの成長をしたとして、2倍になるのに24年かかり、同じ期間で、中国が9パーセント程度で成長するなら、8倍の経済規模に成長するわけだから、24年で中国経済は日本経済と肩を並べるということになる。
私を招聘した中国の老教授は、「今の中国は日本の70年代に似ていると思いませんか」と言っていたが、私は、中国という国で、1970年代ではなく、1870年代つまり明治維新直後の日本に邂逅している、カオスから形状ができあがっていく奇跡の現場に出くわしているという密かな思いにとらわれたものだった。
中国の成長は北京オリンピックや上海万博までだという意見を聞くこともあるが、現実に隣の国で起こっていることは、その程度のことではない。中国を2回以上訪れた人は体で感じているはずだ。私は中国を礼賛するつもりもなければ、贔屓するものでもない。嫌なところも多々ある。好みの問題ではなく、どうなるか、どうすべきか、という事実の話だ。
ジム・ロジャーズ本人から「21世紀は中国の時代だ」というのを最初に聞いたのは、いつのことだっただろうか。あるいは、ジムの最初の著作で読んだのかもしれない。別に、その影響だとは思わないが、結果的に、私は中国の2つの大学で客員教授をしていて、息子の第一外国語は中国語だ。
さて、この本については、ここで改めて述べることはないが、論語と並べて、トップに引用している毛沢東の言葉について触れておこう。
この「革命は宴会ではない」という言葉は、1927年に起こった湖南省の農民運動についての発言で、「われわれは、すべての農村に、一時的な恐怖現象をつくりださなければならない。革命は、宴会でもなければ論文を書くことでも刺繍することでもない。革命は暴動であり、一つの階級が他の階級を打ち倒す猛烈な行動である」の中の部分だ。
文章の意味はもちろんわかるのだが、本の冒頭に置くジムの意図を図りかねていたところ、国泰の潘社長や私が指導している大学院生ら何人かの中国人の知人が解説してくれた。ジムが引いている部分の原典は「革命不是請客吃飯」。客吃は奢って食事するという意味だそうで、宴会ではなく、晩餐会と訳しているものもある。いずれにせよ、お客さんの立場での参加を意味しているらしい。「革命(に参加するということ)は宴会に呼ばれることではない」「革命は宴会に呼ばれることとはわけが違う」というニュアンスなのだ。革命は主体的に自分の手でしか勝ち取れない、単なるお話や綺麗ごとではない、ということだ。
投資も同じということなのだろう。ジムは、私たちに、覚悟はおありか、と訊いているのではなかろうか。
以上
<編集後記>
林先生が監訳した『カクテルパーティーの経済学』が、日経BP社から、4月18日に発売されました。とても素敵な表紙です(投資の本だと思えないのが、林先生も少し懸念だそうです)。ぜひ、ご一読ください。







